2017
09.24

梨けーき物語

ー出会いー

ホイップが稲城の農産物を使うようになったのは平成18年、ホイップがオープンして2年目のある日のことでした。

稲城市役所の産業経済課の方々がいらして「稲城の特産品である梨や高尾ぶどうをもっと広めたい!」 というお話をされました。この時の産業経済課の課長さんは地元育ちの熱い方で、同伴の女性は稲城思いで愛情の深い方で、お二人は 稲城の農産物を使ったお菓子作りを提案していかれました。

この提案はホイップでも地元の農産物を使ったお菓子作りをしたいと考えていたところでしたので真剣に取り 組んでみようと考えるいいきっかけになりました。

稲城の農産物を使ったお菓子づくりはそこから始まり、まずは生菓子で梨を使ったゼリーから始め 毎年品数を少しずつ増やしながら進めてみたのですが、一つ致命的なある事に気付きました。

稲城の梨やぶどうを広めたいのに収穫出来るのは一年のうち2ヶ月ほど、しかもこの時期は梨農家さんでも青果の梨 を販売しているので生の梨でケーキを作るだけでは収穫時期と重なってしまい長い期間で梨を使ってアピールする ことはできません。

そこで一年を通してお店に出せる焼き菓子の作成をすることにしました。

生の梨やぶどうは日持ちしないので1次加工品が欲しい所でしたが、ほとんどが生食用で加工品は農家さんが独自に 作るくらいで近隣に加工所やジュース工場などはありません。そこで探し出した長野県の飲料加工業者に 稲城で採れた梨を持ち込み「稲城で生まれた梨ジュース」を手始めにつくりました。

目標!!『日本一おいしい梨の焼き菓子を作る!』

生の梨やジャムにしたものを使って、いろいろな試作をしてみましたが、和梨をケーキにするとどうしても梨の 存在感が無くなってしまうんです・・・ 悩んでてもしょうがないので日本中の梨の産地に出掛けて行き、現地のケーキ屋で梨の焼き菓子を買いあさり、 参考になりそうなものを探してみても納得できる焼き菓子は一つとしてありませんでした。 ・・・想いました 「梨を使っているというだけでは駄目だ、梨らしさが消え梨が材料として入っているだけでは何の魅力も感じない。 本当においしいと思えて和梨が活きている『日本一おいしい梨の焼き菓子』を作る!!」

そう思い、駅で買った弁当を食べながら次の目的地に向かう時、弁当のおかずになっている大根に目がとまり これだっ!と思いました。大根は煮ると柔らかくなるけど、干すと切干大根や沢庵のように触感を出す事が出来る。 ・・・これを梨に応用出来ないか?と思ったんです。

すぐに干し梨を作ってみました。食べてみると・・・ただのドライフルーツ・・・甘く味も濃くなっているけど、 梨だと言われなければすぐに気がつかない・・・そこで水に漬けて一晩おくことにしてみます。 翌日、水で戻した干し梨を食べると梨のシャキ感が戻っていました。「これならいけるっ!」 干されたことで味や香りも強くなっていましたが、更に強くするため梨のジュース(稲城で生まれた梨ジュース)で 戻すことにしました。

修行時代に苦労して手に入れたマドレーヌのレシピに戻し梨を入れて、和梨が入った焼き菓子は 誕生する事になりました。

ジャジャーン!その名も『梨けーき』!!

「稲城の太鼓判」にも認証されたり、テレビで紹介されたりして少しずつ認知度を上げております。

~届いて欲しい思い~

「梨けーき」が出来るまで5年もかかってしまい、当時の市役所の担当だった人達も人事異動で変わりました。

ある日 別のことで経済課で話をしていると、H18年に同伴してこられた女性にばったり出会い、あることを告げられました。

ーご存じでしたか? 元課長が半年前に胃ガンで亡くなられたんですー

なにが起こったのか?理解するのに時間がかかりました。

 

この梨けーきはあの人に食べてもらうことはもうできないけど、きっと一番喜んでくれるに違いない。そして広く知れ渡り 稲城の梨がもっともっと認知されていくことを願っていると考え、このお話を書かせていただきました。あの人が言っていた『稲城といえば梨、梨と言えば稲城!そんな街に成って欲しい!』その思いを乗せて、 稲城の梨やぶどうがいつまでも繁栄しますように・・・

私は稲城生まれではありませんが稲城に来て、お客様や周りの方々にたくさん助けてもらいました。これからも皆様に喜んでいただけるお菓子を作っていきたいです。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

ホイップ店主 多田 和正

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